KORETAMA
メンタル

日記で『俺の感情』がハッキリわかった話。弱者代表の俺が自分と向き合った結果

2026.9.20

自分の感情なのに、自分でもよくわからんって、マジでしんどいよな

なあ、お前もそうやろ?

「なんかモヤモヤするけど、何が原因かわからん」 「急にイライラしてきたけど、なんでこんなに腹立つんやろ?」 「別に悲しいわけじゃないのに、なんか虚しい」

自分の感情なのに、自分でもよくわからん時って、マジでしんどいよな。

俺もそうやった。弱者代表の俺は、特に自分の感情と向き合うのが苦手やった。 だって、向き合うと、自分のダメな部分とか、情けない気持ちとか、見たくないもんがいっぱい出てくる気がして。

だから、スマホいじったり、ソシャゲしたり、ポルノ見たりして、安易なドーパミンで感情に蓋してた。 その結果、モヤモヤは解消されへんまま、さらに虚しさだけが残るっていう悪循環やったんや。

昔の俺は、まさに感情の迷子やった

イライラしたら、とりあえずTwitterで誰かを叩くような投稿見てさらにイライラしたり。 虚しくなったら、ポルノで一時的な快楽に逃げて、後で自己嫌悪に陥ったり。

自分の感情を「翻訳」する能力が、マジでゼロやったと思う。 「俺、今何を感じてるんやろ?」って聞かれても、「なんか、しんどい」とか「別に」とか、曖昧な言葉しか出てこーへんかった。

自分の感情がわからんから、どう対処したらええかもわからん。 結局、ドーパミンの奴隷になって、その場しのぎの快楽に溺れてただけやった。 そんな自分を変えたいって気持ちはあったけど、どうしたらええかわからんくて、ずっと停滞してた。

メンズコーチジョージの言葉で、日記を始めてみた

そんな俺に転機が訪れたんは、YouTubeでメンズコーチジョージの動画を見た時やった。 ジョージが「自分の感情と向き合うために、日記をつけろ」って言うててん。

正直、「日記?意識高い系のキラキラしたやつがやるもんやろ?」って思ったわ。 俺みたいな弱者代表が、毎日コツコツ日記なんてつけられるわけないって。

でも、ジョージが言うてた「自分の感情を言語化する練習」っていう言葉が、なんか心に残っててん。 「もしかしたら、俺のモヤモヤの正体がわかるかもしれへん」

そう思ったら、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、やってみようかなって思えたんや。

最初は、スマホのメモ帳に、今日あったことと、その時感じたことを一言だけ書くことから始めた。

こんな感じ。マジでしょーもない内容やったわ。

日記で感情を「翻訳」する練習を始めたら、世界が変わった

最初は、ただの行動ログやった日記が、少しずつ変わっていった。 ジョージが「感情に名前をつけろ」って言うてたのを思い出して、

「Twitter見てイライラした。なんでイライラしたんやろ?」って、自分に問いかけるようになったんや。

そしたら、

「あ、これ、他人のキラキラした投稿見て、自分と比べてたからやん」 「俺もあんな風になりたいのに、なれてない自分に腹が立ってたんや」

って、イライラの「正体」が少しずつ見えてきたんや。

ポルノを見て虚しくなった時も、

「なんで虚しくなったんやろ?」って書くと、 「一時的な快楽で、根本的な寂しさは埋まらへんからやん」 「結局、誰かに認められたいとか、愛されたいとか、そういう欲求が満たされてないから、余計に虚しくなるんやな」

って、虚しさの奥にあった「本当の欲求」に気づくことができた。

これって、マジで衝撃やったわ。

今まで、感情ってただ漠然とした「気分」やと思ってたけど、日記に書くことで、それが「言葉」になっていくんや。 まるで、外国語を翻訳するみたいに、自分の感情を一つずつ解読していく感覚やった。

最初はめちゃくちゃ時間かかったし、しんどかったけど、続けていくうちに、少しずつスピードアップしていった。 自分の感情に名前をつけて、その原因を探る。 この作業を繰り返すことで、俺の頭の中に「感情の取扱説明書」ができていくような感覚やったんや。

感情の波を乗りこなせるようになった、弱者代表の俺

日記を書き始めてから、俺の生活は劇的に変わったわけじゃない。 相変わらずドーパミンの誘惑に負けることもあるし、やるべきことがわかってても動けない日もある。

でも、確実に変わったことがある。 それは、自分の感情に振り回されることが減ったってことや。

イライラやモヤモヤが襲ってきた時、昔の俺ならすぐにスマホに逃げてた。 でも今は、まず「なんで俺、今こんな気持ちなんやろ?」って、日記に書き出すことができるようになった。

そうすると、感情の「波」が少しだけ穏やかになるんや。

感情の正体がわかると、対処法も考えられるようになる。 自分を責めてるなら、まずは「まあ、人間やしミスもあるわな」って自分を許す練習をしてみたり。 寂しいなら、無理に抱え込まずに、友達に連絡してみたり。 ドーパミンに逃げる前に、一呼吸置けるようになったんや。

もちろん、完璧にはできへん。 今でも感情に流されて、後で「あーあ、またやってもうた」ってなることもある。

でも、昔みたいに「なんで俺はこんなにダメなんや…」って、自分を責め続けることは減った。 だって、日記に書けば、感情の正体がわかるから。 「ああ、今日は疲れてたから、衝動的になったんやな」って、自分を客観的に見れるようになったんや。 自分の感情を理解できるようになったら、自分自身への優しさも少しだけ増えた気がするわ。

弱者代表の俺らこそ、日記を書いてみいひんか?

なあ、お前も「日記なんて柄じゃない」って思ってるかもしれへん。 俺もそうやったから、その気持ち、マジでわかる。

でもな、弱者代表の俺らこそ、自分の感情と向き合う練習が必要やねん。 ドーパミンに逃げて、感情に蓋をしてるだけじゃ、いつまで経っても「変わりたいのに動けない自分」から抜け出せへん。

別に、毎日書かなくてもええねん。 今日あったことと、その時感じたこと、一言でもええから、スマホのメモ帳にでも書いてみいひん?

こんなんで十分や。 そこから、少しずつ「なんでダルいんやろ?」「なんで寂しいんやろ?」って、自分に問いかける練習をしてみる。

自分の感情がハッキリわかるようになったら、ドーパミンに支配される時間も、きっと減るはずや。 自分の人生を、自分の手で取り戻すための第一歩として、日記、一緒に始めてみいひんか?

俺もまだまだ道半ばやけど、一緒に頑張ろや。