KORETAMA
メンタル

孤独な夜、スマホじゃなくて『人』に頼る。弱者代表の俺が『心の穴』を埋めた方法

2026.9.10

孤独な夜、スマホに逃げてる俺らへ。

夜になると、ふと寂しくなる瞬間ってない?

俺はしょっちゅうやった。特に、一日が終わって、部屋に一人になった時。なんかこう、胸の奥がギュッとなるような、漠然とした寂しさに襲われるんよな。

そんな時、俺らの手には何がある?

そう、スマホや。

気づけば無限スクロール。Twitter、インスタ、YouTubeのショート動画。あとは、ポルノとかソシャゲとか。安易に快感を与えてくれるドーパミン漬けのコンテンツに、無意識に手が伸びてまう。

一時的に寂しさが紛れるような気もするんやけど、結局、終わった後の虚しさって半端ないやん?

「俺、何やってんねやろ…」

って、自己嫌悪に陥って、余計に寂しくなる。ドーパミンに支配されてる感覚が、ホンマに嫌やった。

俺もそうやった。過去の暗黒時代は、まさにドーパミンの奴隷やったから、この気持ち、痛いほどわかるで。

ドーパミンじゃ、心の穴は埋まらへんかった

ドーパミンって、一時的な快楽はくれるけど、心の穴をホンマに埋めてくれるわけじゃないんよな。

むしろ、ドーパミンに頼れば頼るほど、現実の些細な喜びを感じにくくなって、余計に寂しくなる。まるで、塩水を飲んで喉の渇きを癒そうとするみたいに、逆効果やったんや。

そんな時、俺の人生の転機になったメンズコーチジョージさんの言葉が、頭をよぎったんや。

「孤独な夜は無理に抱えず人と会う」

最初聞いた時は、「え、無理やろ…」って思ったんよ。だって、寂しい時に人に連絡するって、なんか弱みを見せるみたいで、ちょっと恥ずかしいやん?それに、急に誘って相手に迷惑ちゃうかな、とか、色々考えてまうのが俺ら弱者代表の性やんか。

でも、あの虚しさに比べたらマシやろ、って。そう思って、勇気を出して一歩踏み出してみた。

弱者代表の俺が、勇気を出して「人」に頼ってみた話

ある寂しい夜、いつものようにスマホに手が伸びそうになった時、ジョージさんの言葉を思い出して、震える手で友達にLINEしてみたんや。

「今、ちょっと寂しいねんけど、もしよかったら少しだけ話せへん?」

正直、断られる覚悟やった。でも、意外とみんな、快く応じてくれたんよ。「ええよ、どうしたん?」って、すぐに返事が来た時は、ホンマに嬉しかった。

カフェでお茶したり、居酒屋でくだらん愚痴を言い合ったり、時にはただ公園を散歩するだけでもええねん。

スマホの画面越しじゃ得られない、「リアルな繋がり」の温かさ。それが、俺の心にじんわりと染み渡る感覚やった。

話すことで、自分の悩みが整理されたり、「俺だけちゃうんや」って共感してもらえたり。相手のくだらない話を聞いて、思わず笑ってまうこともあった。ドーパミンがくれる瞬間的な快楽とは全然違う、じんわりとした心の充足感があったんや。

もちろん、毎回人と会えるわけじゃない。相手の都合もあるし、俺もそこまで社交的ちゃうから、毎日誘えるわけでもない。でも、「人と会う」っていう選択肢が自分の中にあるってだけで、全然違うんよ。

無理に明るく振る舞わなくてもええねん。弱いままでええ。寂しいって気持ちを、そのまま伝えてもええ。だって、俺ら弱者代表やん?

ドーパミンじゃ埋まらない「心の穴」は、人との繋がりで埋まる

ドーパミンは「一時的な快楽」で「心の穴」を誤魔化すだけ。それは、俺が身をもって経験したことや。

でも、「人との繋がり」は、ホンマに「心の穴」を埋めてくれる。それは、俺みたいな弱者代表でもできた、確かな実感や。

完璧じゃなくてええねん。毎回じゃなくてええ。ちょっとずつでええ。

今夜、もし寂しい気持ちになったら、スマホに手が伸びる前に、誰かに連絡してみいひん?

無理なら、せめて「人と会う」って選択肢を頭の片隅に置いといてほしい。それだけでも、きっと未来の自分は変わるはずや。

俺ら弱者代表、一緒に一歩踏み出そうや。俺もまだ、寂しい夜に負けそうになることもあるけど、その時はまた誰かに頼るつもりやから。